笑福亭鶴瓶落語会
(11/11 11/12・夜公演 於青山円形劇場)
【出演】
笑福亭瓶成/笑福亭仁福/笑福亭鶴瓶
[11/12 夜公演ゲスト]
南原清隆
(ウッチャンナンチャン)
【開場〜開演前】 定時に開場。 ロビーには色んな番組や芸能人の方から届いたお花が並べられていて、客席にも花の香りが満ちていた。 円形劇場はその名の通り舞台を客席が360度取り囲む座席構成なので、一体私はどの角度から落語を見ることになるのだろうか、と若干気を揉んでいたが、A、B、Cブロックの後ろにD、E、Fブロックの席が来るという、ルミネのような座席構成になっており、ホッとした。 初日は右端ブロックの後ろから2〜3列目、2日目夜公演は前から4〜5列目で真ん中ブロックの通路側という好位置だった。 開場後すぐ中に入ったので、一番太鼓(開場を知らせる太鼓)を聞けた。 客層は30代以降の方が多く、男女比も5:5といった感じ。 客席からは会話や物音は殆ど聞こえないまま、定時通りに開演。 【演目】 ◆笑福亭瓶成…「いらち俥(いらちぐるま)」 [内容] 梅田駅まで人力車で行こうとした男。しかし、1人目の運転手は病み上がり、2人目の運転手は極端すぎるほどの韋駄天で… [感想等] 1日目は自己紹介も兼ねて、師匠と一緒にタクシーに乗った時のエピソードをまくらに持って来たが、2日目はすぐ噺に入った。 1日目は時代背景や位置関係が若干掴みにくかったりした部分があったが、2日目は補足の説明が入ったり冗長に感じた部分はカットが入ったりし、分かりやすくなっていた。 *2日目夜公演* ◆南原清隆…仔猫(※20分に短縮) [内容] 口入屋の紹介で船場の問屋にやってきた女中・おなべ。 田舎出身で訛りがひどく顔も不器量だが、よく気がつく働き者で周りの信頼を徐々に得ていく。 だが、ある夜怪しい行動をしているおなべに従業員の男が気づく。 何か証拠が見つからないかと、おなべが留守をした隙におなべの荷物を調べてみる主人。 つづらの中を開けるとそこには… [感想等] ゲスト出演の告知が事前に無かったので、瓶成さんの後のめくりに「南原清隆」とあるのを見た時、客席は(え?)といった感じでざわざわ。 出て来たのが本当にナンチャンだったので、「おぉ〜!!」とうなり声と拍手が起きた。 昼公演も見ていたそう。 「仔猫」はちゃんとやると40分以上ある長い噺なので、林家正蔵さんに稽古をつけてもらって20分に短縮したそう(それでも鶴瓶さんからは「長い」と言われたとか)。 元々高校の落研出身のナンチャン。 最近、古典落語をちゃんとやりたいという思いが芽生えているそうなので、これからもしかしたら新たな動きが見られるかもしれないなぁ、とわくわく。 ◆笑福亭仁福…「手水廻し(ちょうずまわし)」 [内容] 田舎の宿に大阪から客人がやってきた。 朝、「ちょうずをまわしてくれ(顔をあらうための水を持って来てくれ)」と宿の人間に頼むが、宿の人間は誰も大阪弁の「ちょうず」が何を指すのか分からず、板場担当や寺の坊さんも巻き込み右往左往。 見当違いのものを持って来られ、客人は呆れて連泊の予定を取りやめて帰ってしまう。 一体「ちょうず」が何なのかを確かめるため、大阪・日本橋の宿屋へ泊まりに行くことにした主人と丁稚。 翌朝、期待をこめて「ちょうずをまわしてくれ」と頼んだ2人に出された物とは… [感想等] 笑福亭仁鶴さんの二番弟子である仁福さん。 「東京ではあまり見ないでしょうけど、大阪でも見ぃひんのですわ」「占い師から大器晩成型、アンタは遅咲きや言われましたけど、いつ咲くいうねん」など、飄々とした後ろ向き具合が私は好きだった。 “ちょうず”が何であるかを教えてくれた坊さんを褒めちぎっていたのにのにそれが間違いだったと知るや一転してこき下ろす主人や、“ちょうず”を料理の一種と思い込み、主人と一緒に“ちょうず”を飲むことが夢だったと語る丁稚など、何か憎めない人達の描写が面白かった。 ◆笑福亭鶴瓶…「青春グラフィティ松岡(私落語)」 [内容] 浪速高校の同級生・松岡のエピソード。 喧嘩が強くて女に弱い松岡はその一本気な性格がゆえに数々の事件を巻き起こし… [感想等] にんまりというかにやりというか、独特の含みを持った笑みを浮かべながら登場。 すれ違った時、仁福さんが物凄く機嫌が良さそうだった、ということで、仁福さんが有り得ない「愛宕山」をやったことや、草野球を年間140試合以上こなすのでまだ仁福さんにシーズンオフが訪れていないこと、父親なのに息子が一浪して大学に入ったことをつい最近まで知らなかったなど、普通では有り得ない仁福さんのエピソードを披露。 それに便乗し、他の同期や名物マネージャー・宇木くんの失敗エピソードも次々暴露。 “大人”の鶴瓶さんがにやりとしながら“大人の話”を始めると、同じくにやりとしながら聞く客達。 秘密を共有する奇妙な連帯感というか、“見てるお前も同罪じゃ”という某番組のコピーをちらっと思い出す。 15歳とは思えない格好と行動の持ち主・松岡と今も変わらず付き合っている鶴瓶さんは相当凄いと思った。 (仲入り) ◆笑福亭鶴瓶…「たちぎれ線香」 [内容] 時計が無かった頃、色町では芸妓との時間は立てた1本の線香が燃え尽きるまでを区切りとし、燃え尽きるとたとえ三味線が途中であってもそこで鳴らすことを止めていた。 もっと聞きたいと思う人は2本、3本、と線香を立てることになり、立った線香の本数がお代となっていた。 線香を立てられるのは1人前の芸妓に成長した証拠でもあった。 若くて初心な芸妓・小糸に入れあげ、毎日お茶屋通いに勤しむ船場の若旦那。 このままでは将来が案じられると番頭が一計を案じ、若旦那は100日間蔵に閉じ込められることに。 そうとは知らない小糸からは毎日若旦那宛に手紙が届けられるが、それは若旦那の手には渡らず番頭が預かっていた。 そして小糸からの手紙は80日目で途切れる。 その後、ようやく100日間の蔵住まいから開放された若旦那。 蔵の中で改心し、もう遊び回らないと番頭に約束をする。 喜んだ番頭は小糸から手紙が届いていたがそれが80日目に途切れたことを若旦那に告げ、全く渡さないのも悪いと最後に届いた手紙を若旦那に渡す。 それを読んだ若旦那は急いでお茶屋に駆け込み、小糸を出せとおかみに頼む。 しかし、返って来た言葉は「小糸は死にました」「誰が殺した、なんて言われたら、若旦那さん、あんたが殺したと言いとうなりますな」。 若旦那が蔵に入れられた日はちょうど小糸と一緒に芝居を見に行く約束をしていた日でもあった。 小糸はそれはそれは非常に楽しみにしており、いつもより熱心に髪を結い身支度を整えて今か今かと若旦那が来るのを待っていたが、一向に若旦那はやって来ない。 失意の中若旦那を案じる手紙を送り続けるが返事も来ない。 そのうち小糸は見る見るうちにやせ衰えると全身に不調を訴え、寝込んでしまう。 生きる気力を失った小糸を元気付けさせようと、おかみは若旦那が小糸のためにあつらえた三味線がちょうど届いたのでそれを見せると、小糸は喜び、抱えられながら一撥入れたが、そこで息絶えた、という。 今日は小糸が亡くなって三七日の法事の日だった…。 愕然とする若旦那。 おかみも若旦那がそういう事情だったとは知らなかったため、非礼を詫び、小糸へ線香をあげてくれと頼む。 小糸の芸妓仲間も見守る中、焼香をする若旦那。 すると仏壇に供えられていた小糸の三味線が鳴り出し、聞こえる筈が無い地唄「雪」を唄う小糸の声が聞こえてくる。 小糸が命を削るまでに自分に惚れ込んでくれていたこと、蔵に入っていた上に小糸から手紙が届いたことも知らされなかったからしょうがないとはいえ、そんな小糸に何もしてやれなかったことへの後悔と償いの念から大号泣する若旦那。 一生小糸を忘れないで生きていく、と小糸に誓う。 そこで、三味線がプツッと途切れる。 絃が切れたのだから替えてくれ、小糸の三味線をもっと聞かせてくれとおかみにたのむ若旦那。 しかし、仏壇を見たおかみは 「若旦那さん、小糸はもうひかしまへん。ちょうど線香がたちぎれました」 [感想] 今回の落語会に行く前、余計な先入観は持ちたくなかったが、だからといって落語のことを何も知らないで行くのもどうかと思ったので、落語を扱った小説やエッセイ、エピソード本等をいくつか読んだ。 その中で「たちぎれ線香」が一番気になり、いつか聞くことがあれば良いなぁと思っていた。 すると、11月6日O.Aの「きらきらアフロ」で鶴瓶さんが門真や繁盛亭で「たちぎれ線香」をやったと話しているのを聞き、その落語を聞けた人が本当に羨ましかった。 青山寄席では新作と古典の2本をやるとは知らなかったので、青山でも「たちぎれ線香を」やるのでは?という予感が全く無かった。 仲入り後、鶴瓶さんの口から「たちぎれ線香という噺を…」と聞いたとき、胸がいっぱいになって、心臓がバクバクした。 (いつか鶴瓶さんの「たちぎれ線香」を聞く)ということが私の寄席通いのテーマだったので(あらら、1回目で叶ってしまった…)と、ちょっと拍子抜けした部分もあるにはあったが。 2002年に春風亭小朝さんの独演会に呼ばれ「子は鎹」をやったことや2003年に上方落語協会の理事に就任したことなどをきっかけに、それまで以上に落語に精力的に取り組み出したという鶴瓶さん。 青山寄席の古典落語演目は小朝さんがリクエストするそう。 当初は「地獄八景亡者戯」を指定されたが、それは…というと「たちぎれ線香」になった、ということを初日では言っていた。 「たちぎれ線香」をやると決まってからは「たちぎれ線香」にまつわる色々なものを調べて研究した、ということで、この噺は笑福亭松竹(笑福亭の元祖)が作った噺ということや、“一本立ち”の語源がお茶屋遊びの線香のシステムから来ていることなどを客席に解説。 古典落語なんてようみんな知らんでしょ、知らんことばかりで眠たなるでしょという鶴瓶さんの見解通りで、鶴瓶さんの解説に客席からは「おぉ〜」「へぇ〜」と感嘆の声があちこちから上がった。 そんな客に呆れることなく、逆に賞賛の拍手を要求する鶴瓶さん。 そして、元々笑福亭の噺だった「たちぎれ線香」だが、現在笑福亭でこれをやる噺家がいないこと、六代目松鶴も五代目からこの噺の稽古をつけてもらっていなかったが、情に厚い人なので松鶴がやったらこうなるんじゃないかと思うところもあるということ、師匠に稽古はつけてもらえなかったがお茶屋などの遊びに連れて行ってもらえたことがこの噺に取り組むに当たって随分参考になったこと、等を話した後、噺へ。 「たちぎれ線香」の前半は若旦那をどうにかして懲らしめようとする親族会議など笑わせるところがあるが、後半は若旦那と小糸の悲恋がメイン。 落語会に行くまで、私は落語を面白いと思えるのか非常に不安だった。 落語会に行くまでの間、なるべくテレビやラジオで落語番組をチェックして聞いてみた。 その中には面白いと思うものはいくつかあったが、“ハマる”という感覚には至らなかったからだ。 どうせファンになるなら“落語家・笑福亭鶴瓶”のファンに私はなりたいので、(万が一鶴瓶さんの落語もそない…だったらどうしよう)とか思っていた。 また、私は落語に慣れていないこともあり、落語を聞きながら他のことをフト考えていたらあっという間に置いて行かれて話の内容や展開が全く分からなくなってしまい、落語を聞くことを諦めることがよくあった。 今日はそういうことが無いよう、他のことは一切頭に入れない、考えない、思い出さない、という心構えで聞いていた。 鶴瓶さんの表情や声の変化を見逃さない、聞き逃さないように集中していたら、まず、何も知らない小糸が若旦那との芝居見物を楽しみにいそいそとおしゃれをするところで、切なくなった。 そして、終盤近くの若旦那が小糸への思慕を号泣しながら述べる場面になったら、不意に目の前がぶわっとにじんだ。 (えっ!?)と驚く間もなく、ぽろぽろっと涙が零れた。 慌ててハンドタオルで涙を拭ったが、周囲を見渡すと私と同じようにハンカチやタオルで涙を拭っているお客さんがあちこちにいた。 初日に私の斜め前に座っていた男性客は、メガネを掛けていたから涙がこみ上げるたびにメガネをひょいと除けながら涙を拭っていたが、泣きのツボにはまり涙が止まらなくなったらしく、かなりの頻度でメガネをパカパカと着脱し出した。 私が本格的な落語を聞いたのは今回が初めてだったから、今回の鶴瓶さんの「たちぎれ線香」の仕上がりがどういうものであったのかは分からない。 落語を聞き込んでいる人の中には鶴瓶さんの「たちぎれ線香」に満足しなかった人もいるかもしれない。 もっと泣かせる「たちぎれ線香」をやる噺家さんもいるとは思う。 だけど私は、ある時は10代の純真で真っ直ぐに若旦那を愛する小糸になったり、ある時は若旦那の将来を案じるあまり憎まれ役を引き受けて甘ったれたことをいう若旦那を一喝する番頭になったり、ある時は自分がフラフラしてしっかりしないことから大切な存在を失うことになり号泣しながら小糸へ永遠の思いを打ち明ける若旦那になったり、実の娘の非業の死やお茶屋の宿命という悲しみを気丈に受け入れるおかみになり、笑顔、凄み、悲しみ、後悔、切慕、と一人で何人もの人間になりいくつもの顔を見せる鶴瓶さんにすっかり引き込まれた。 鶴瓶さんを通して見える落語の世界に泣いた。 鶴瓶さんの落語に笑いながらも泣かされた。 これをきっかけに、聞きほれる落語を求めて、都内の様々な演芸場やホールに定期的に通い出すかもしれないし、そういう時期があったことが嘘のようにお笑い関係から一切足を洗う日が来るかもしれない。 だけど、鶴瓶さんの落語を聞いて泣いたことを私は一生忘れないと思う。 それぐらいに衝撃を受けて忘れられない日だった。 (06/11/13 記) |