負け知らず


ハリガネロックはいつも“闘っている”という印象がある。
 常に「前へ、前へ」とガンガン攻めている男はいう。
 「最近オレら格闘家やな」と。
 マイペースに攻めている(かどうかは分からない)男も言っていた。
 「いっぱい闘ってきたよ、今まで」と。

闘っている印象が強いハリガネロックだが、いつも勝っている訳ではない。
 例えば「第1回M-1グランプリ」。
 ストレート負けに限りなく近い評価で彼らは1000万を逃した。
 例えばオンエアバトルの第3回チャンピオン大会。
 「テントの魔物」に捕まってしまい、「ユニゾンツッコミ」と呼ばれる声を揃えてやるツッコミのタイミングがわずかにずれた。
 それを皮切りにネタ飛びやネタ振りの失敗などミスを連発し、やってる本人も見てるこちらも呆然とした。
 結果的に優勝候補の一角とされながら200KB台という普段の彼らからは考えられない点数を弾き出した。
 例えば2002年の秋に「ルミネtheよしもと」で行われていた「吉本興業をぶっつぶせ!?」。
 最終日、おぎやはぎに僅差で敗れた。
 勝利を掴んだ闘いも多いが実は裏で悔し涙を呑んだ闘いも多かった。

対決物で敗れた時、応援しているこちら側が嘆いてもどうにもならないこととはいえやっぱり色々考えてて落ち込むことがある。
 一番落ち込んでいるのはネタをやった当の本人達だと分かってはいても。
 当然下された結果に対しては私達より本人の方が多くの屈折を覚えている筈。
 しかしハリガネロックは私達の前に出て来る時はそんな屈折は無理矢理深い心の底に押し込めたか、決してその存在を悟らせない。
 封じ込め切れなかった悔しさや悲しさは「笑えるネタ」に変え、強気とちょっと尖った雰囲気と共に私達にぶつけて来る。
 そんなハリガネロックを見て私達はやっと安心することが出来ていた。
 傍で見ている私達が抱く程度の切なさやショックは、彼らが身を削って提供する笑いで溶けるのだ。
 いつまでもネガティブな思いを引きずらせない。
 勝負では負けたのに、かえって勝者よりも勝ってるような印象を私達に植え付けさせる人達。
 ハリガネロックはそんな不思議なオーラを持っている。

そんな彼らだから、2002年の第2回M-1グランプリにまつわる色んなことに関してファンの間に動揺と波紋を呼んでいる。
 私は第2回M-1グランプリは色んな事情があってオンタイムで見ておらず結果のみ先に教えてもらった。
 携帯メールのサーバーが不調だったか、結果が判明してすぐ送ってもらったメールは少し遅れて届いた。
 来年挑戦するかどうかについての反応もそれには書かれていた。
 そのメールを読んだ時、不思議と悔しさとか悲しさとか驚きは無かった。

 家に帰ってビデオを見た。
 “結果を知っているから”というのが大きいだろうけど冷静に見れた。
 今までで一番冷静に見ることができた。
 結果に不満もわかなかった。
 彼らが「M-1グランプリ」というものに対して下した決断にも。

まず、彼らは2002年第2回M-1グランプリは決勝トーナメントに進出できなかった。
 彼らが座ってた3位の椅子を奪い取ったのは結成2年目の笑い飯だった。
 私がそのことを聞いた時思ったのは
 (へぇ〜、やるなぁ、笑い飯)だった。
 笑い飯については色々評判が入ってたので楽しみな存在だった。
 ハリガネロックを私は好きだし面白いと思うが、それとこれとは別だ。
 笑い飯がハリガネロックより面白かったのならそれはしょうがない。
 初めて見た笑い飯の漫才はどこまで凄いのか分からなかったけど、他の誰も持ってない物を持ってたのは確かだった。
 審査員を惹きつける力は笑い飯の方が少しだけハリガネロックより強かったのだ。

そしてこれを書いている段階(2003年1月)、ハリガネロックは次回のM-1グランプリ不参加を表明した。
 当たり前だけど
 「何故?」
 「来年は出ないなんてショックでまた泣きました」
 「来年も出て今度は私達に嬉し涙を流させてください」
 「ハリガネが勝つところを見たかった」
 という反応をあちこちで見た。
 
 私は来年ハリガネロックが出ないと聞いた時それをメールで教えてくれた方に
 「それもアリでしょうね」
 と返信した。
 『M-1グランプリ』にめちゃめちゃにこだわって偽装解散を企ててでも挑戦するのも一つの道。
 「負けたらもうそこで(挑戦することは)辞めよう」とするのも一つの道だろうな、と思っている。
 どちらを選ぶのかは本人達が決めることで、その答えはどっちも多分間違ってない。
 選んだ答えが間違ってるかどうかは選んだ本人がやっていくなかで決まることだろう。
 少なくとも選んだ直後に決まるようなことじゃ無い筈。
 余談だけど、2丁目の頃松口さんが座右の銘として挙げていた言葉は
 「振り返るな、振り返るな。後には夢がない」だった。

私はM-1が終わってからすぐにハリガネロックを生で見る機会に恵まれなかった。
 ライブや生放送を見た人から色んな話が伝わって来た。
 それらの中にはこれが他のコンビだったら色々気を揉むだろうな、ということもあった。
 けど私はその話を苦笑いしながらもやっぱりある程度冷静に受け容れることが出来た。

 自分の目や耳で確かめてないからそんな暢気なことを思えるのだろう。
 だけど私は
 「ハリガネロックが終わった後楽屋で黙り込んで落ち込んでいた」
 という話を聞いた時、どこかほっとした。
 (そうか、ハリガネロックだって落ち込むんだ)と。

ハリガネロックは勝負事で本当は負けたのに何故か勝ったような「負け知らず」な印象があった。
 それがハリガネロックの持ち味でもあり強みでもある。
 常にガンガン突き進んでがむしゃらに闘ってる人達。
 闘うことをまるで楽しんでるかのように見せる人達。
 内実は緊張やその他諸々のことで舞台袖では吐くぐらい緊張してても、一旦舞台に上がれば彼らはうまく客を騙す。
 彼らの本業は目の前にいる客を一人でも自分達の口から発する言葉で笑わせること。
 ハリガネロックが闘いを挑んでる相手は同業者もだけど、「お客さんの笑顔」も入ってるのかもしれない。
 たくさんの芸人が出ているイベントなら尚更。
 劇場に入った時は他の人目当てだったお客さんを帰る頃は自分達の客に変える。
 そういうことをする能力に長けている方だ。

 今でこそツカミは「目〜離れてました〜」だけど、私がハリガネロックの漫才で好きなツカミがある。
 「元気〜?みんな元気〜?テンション上げて行こうで、オイ」というもの。
 2丁目劇場の閉館ビデオにそのツカミをやっている漫才があるけれどそれを見たらこみあげるものがある。
 2丁目劇場が閉館するというただでさえナーバスな時期。
 芸人も2丁目ファンもともすればため息しか出ないようなあの時期にこのツカミ。
 リアルタイムで2丁目劇場閉館を経験していない私だけどこれを見る度に
 (あぁ、ハリガネが2丁目にいて良かった)
 と思う。
 切ないままでいさせてくれないでありがとう、と。

 その後私は劇場に行ったりTVを見たりする度に
 (あぁ、ハリガネロックがいたから救われたなぁ)とか
 (ハリガネロックがいてくれて良かったなぁ)と
 いうことを何度か経験した。
 先輩がキレて雰囲気が険悪になりそうだったのを松口さんがうまくそらして雰囲気を変えたりとか。
 後輩のボケがステーンと滑り客席が静まり返ったら大上さんがツッコんでまた盛り上がったりとか。
 いたたまれなくなってつい俯いてしまった顔を再び上げさせてくれるキッカケはハリガネロックだったことが私は多い。

沈みがちな雰囲気になりがちな時ほど(閉館や誰かの卒業・解散を控えてる時など)私達を無理なく盛り上げて笑わせてくれたハリガネロック。
 オンエアバトル第3回チャンピオン大会ではナレーションで
 「漫才で見る者を幸せな気持ちにすらさせるコンビ」
 と紹介されていた。
 ハリガネロックはいつもそんな役回りを担っていた。
 そんな彼らが第2回M-1GPに落ちた直後、楽屋でずっと黙り込んでいた。
 “切ない”とも“可哀相”とも思わなかった。
 ただ(気が済むまで落ち込めただろうか)、ということを思った。
 楽屋は人の出入りが激しいので、やっぱり沈んで黙りこくったままではいられ難い場所だ。
 誰にも気を使う必要がない場所で思う存分落ち込めただろうかというのが一番気になった。
 いつも楽しませたり笑わせてくれる人達だからこそ、その人達が落ち込みたい時に落ち込めないのは気の毒だ。

 落ち込んだり沈むから、再び這い上がって来れるんじゃないかな、と私は思う。
 深く深く沈むほど、這い上がってくる時のエネルギーは物凄いだろう。
 沈んでいく時の倍以上の力が必要だから。
 沈んでいる時はエネルギーを補充するのに必要な時間。
 
M-1挑戦は2002年限りにすることを別に「カッコイイ」とも「逃げ」だとも私は思わない。
 私が興味あるのはエネルギーを蓄えたハリガネロックが次に挑む相手は何だろうということだ。
 3月の渋公単独が一番当てはまりそうだがその前にもちょくちょく勝負を挑んでそうだ。
 私はそんなハリガネロックを今年も楽しみたい。
 勝敗の結果はそんなに気にしない。
 何故なら彼らは“負け知らず”だから。
 勝った時はもちろんのこと、負けたのにハリガネが勝ったような気にさせる不思議でお得な感覚の持ち主だから。
 力を蓄えたハリガネロックなら、この“負け知らず”感は去年より更に強くなるだろう。
 恐らくこれからも沢山闘うハリガネロックがどれぐらい私達に“負け知らず感”を味合わせてくれるだろうか。
 それがこれからの私の楽しみの一つ。


(03/1/2)

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